【転職6回で幸せをつかむまでの物語|第6話 前編】

主任業務と育児の両立に悩む男性看護師トラパパ。家族との時間を守るため働き方を見直し、精神科への転職を考え始めた実体験イメージ。 メンズナース論

主任になって気づいた。「家族を守れない働き方」は、もう続けられなかった

こんにちは!「トラパパ@サバイバルナース」です!🐾

第5話では、30歳で回復期リハビリ病棟へ転職し、患者さんやご家族を支える看護の魅力を知ったお話をしました。

回復期リハビリテーション認定看護師にもなり、主任にも昇格。

結婚し、子どもが生まれ、新居も購入。

振り返れば、この病院で私は人生の大切なものをたくさん手に入れました。

しかし、その一方で――

少しずつ、心も体も限界へ近づいていたのです。

今日は、私が精神科という全く未知の世界へ踏み出すことになった、本当の理由をお話しします。前回記事はこちら。


「主任」という立場は、想像以上に重かった

回復期リハビリ病棟で主任としてスタッフ教育や病棟運営に奮闘する男性看護師トラパパ。責任の重さとやりがいを描いたイメージ。

主任になったばかりの頃は、不安よりも「頑張ろう」という気持ちの方が大きかったと思います。

病棟をもっと良くしたい。

スタッフが働きやすい環境を作りたい。

患者さんにより良い看護を提供したい。

そんな理想を胸に、一つひとつ取り組んでいました。

回復期リハビリテーション認定看護師として学んできた知識を病棟へ取り入れたり、スタッフの困りごとを聞いて改善したり。

忙しい毎日ではありましたが、やりがいも感じていました。

「主任を引き受けて良かった。」

そう思える日もたくさんありました。

トラパパ
トラパパ

「主任になったばかりの頃は、不安より『病棟を良くしたい』という気持ちの方が強かったです。」


少しずつ増えていく「主任の仕事」

でも、現実は理想通りにはいきませんでした。

主任の仕事は、想像していた以上に幅広かったのです。

病棟全体の調整。

新人教育。

スタッフ教育。

委員会活動。

認定看護師としての役割。

電子カルテ変更への対応。

病棟運営。

そして毎日のように起こるトラブル対応。

一つ終われば、また次。

ようやく落ち着いたと思えば、また新しい仕事が増える。

気がつけば、自分自身の業務を終わらせる時間すらなくなっていました。


毎日のように続く「お局さん」との時間

もう一つ、私を苦しめていたものがあります。

それが、一部のベテラン看護師さんとの関わりでした。

顔を合わせるたびに始まるのは、

若手スタッフへの不満。

「あの子は気が利かない。」

「また同じミスをしている。」

「もっと厳しく言わないとダメ。」

そんな話を毎日のように聞いていました。

もちろん主任として話を聞くことも仕事です。

でも、それだけでは終わりません。

若手スタッフの話も聞く。

双方の気持ちを整理する。

できるだけお互いが気持ちよく働けるように調整する。

私は、どちらの味方にもなりたくありませんでした。

だからこそ、一人で抱え込むことが増えていったのです。

トラパパ
トラパパ

「主任って、仕事を管理するだけじゃない。

人の感情まで受け止める仕事なんだと、この頃初めて知りました。」


家族の生活も大きく変わった

共働きとなり、保育園への送り迎えを分担する男性看護師トラパパ一家。仕事と育児を両立する家族の日常を描いたイメージ。

そんな頃、家庭にも大きな変化がありました。

妻が仕事へ復帰。

長男は3歳。

次男は1歳半。

二人とも保育園へ通い始めました。

しかも、保育園は別々。

朝は、

妻が長男を送り、

私は次男を保育園へ送ってから出勤。

帰りは妻が二人とも迎えに行きます。

新居を購入したことで、職場までの距離も以前より長くなりました。

朝は今まで以上に早起き。

帰宅は遅い。

夜勤の日もあります。

私は仕事へ行ってしまえば病院にいます。

でも妻は、

新しい職場に慣れながら、

二人の子どもの育児もこなさなければいけませんでした。

一番大変だったのは、

きっと妻だったと思います。


泣きながら保育園へ向かう息子たち

長男は毎朝、

保育園へ行きたくないと泣いていました。

次男も環境が変わり、不安そうな表情を浮かべていました。

「大丈夫だよ。」

そう声を掛けながら送り届けるのですが、

車へ戻ると胸が苦しくなることもありました。

子どもたちなりに、一生懸命頑張っていたんです。

妻も頑張っていました。

私も頑張っていました。

家族みんなが頑張っていました。

だからこそ思いました。

「もっと家族との時間を作れる働き方はないのかな。」

トラパパ
トラパパ

「子どもたちも、妻も、一生懸命頑張っていました。

だからこそ、自分も変わらなきゃと思いました。」


「仕事が楽しい」と言えなくなっていた

仕事そのものが嫌いになったわけではありません。

回復期看護は今でも好きです。

患者さんが少しずつ元気になり、

家へ帰っていく姿を見るたびに、

この仕事を選んで良かったと思っていました。

でも、

主任業務。

終わらない残業。

教育。

委員会。

人間関係。

家庭との両立。

少しずつ、

仕事の楽しさよりも、

「今日も終わるかな。」

そんな気持ちで働く日が増えていきました。

以前のように、

笑顔で仕事へ向かえなくなっていたのです。

鏡を見るたびに、自分が壊れていく気がした

主任業務や仕事のストレスで円形脱毛症になり、鏡の前で悩む男性看護師トラパパ。心身の限界を描いた実体験イメージ。

ある朝、髪をセットしようとして鏡を見た時でした。

「あれ……?」

頭の一部分に違和感を覚えました。

髪をかき分けてみると、

そこには小さな円形脱毛症ができていました。

最初は、

「そのうち治るだろう。」

そう軽く考えていました。

でも現実は違いました。

日に日に広がっていくんです。

治るどころか、

少しずつ大きくなっていく。

毎朝鏡を見るのが怖くなりました。

トラパパ
トラパパ

「『大丈夫。』

そう自分に言い聞かせていました。

でも体は、正直でした。」


誰にも気付かれたくなかった

仕事へ行く前。

黒いヘアスプレーで必死に隠します。

「今日は大丈夫かな。」

「バレないかな。」

そんなことばかり考えていました。

患者さんと話している時も、

スタッフと話している時も、

ふと

「今、見えてないかな。」

そんな不安が頭から離れません。

円形脱毛症そのものも辛かった。

でも一番辛かったのは、

精神的に追い込まれている自分を認めたくなかったことでした。


家では仕事の話をしなかった

私は結婚してから、

家へ仕事を持ち帰らないようにしていました。

妻も看護師です。

だからこそ、

家では仕事を忘れて、

楽しい話をしたかったんです。

子どもの話。

休日の話。

新居の話。

笑いながら過ごしたかった。

だから、

病院でどんなに辛いことがあっても、

あまり口にしませんでした。

今思えば、

それは間違いだったのかもしれません。

一番近くで支えてくれる人に、

一番頼れていませんでした。


「もっと早く相談すればよかった」

主任業務の悩みや円形脱毛症について妻へ相談する男性看護師トラパパ。夫婦で支え合いながら働き方を考える様子を描いたイメージ。

ある日、

妻が私の頭を見て言いました。

「それ……円形脱毛症?」

隠していたつもりでした。

でも、

毎日一緒にいる妻には隠せませんでした。

私はその時、

初めて全部話しました。

主任になってからのこと。

毎日の残業。

教育。

委員会。

お局さんとのやり取り。

家族との時間が取れないこと。

仕事が楽しいと思えなくなってきたこと。

全部話しました。

妻は最後まで黙って聞いてくれました。

否定もせず、

「もっと頑張れ。」

とも言いませんでした。

ただ静かに、

私の話を聞いてくれました。

その時間だけで、

少しだけ心が軽くなった気がしました。

トラパパ
トラパパ

「一人で抱え込まなくてもよかった。

今なら、そう思います。」


人生を変えた妻の一言

妻から「精神科向いてるんじゃない?」と勧められ、新しい働き方を考え始める男性看護師トラパパ。精神科転職のきっかけとなった実体験イメージ。

話を聞き終えた妻が、

ぽつりと言いました。

「トラパパって、精神科向いてるんじゃない?」

私は思わず聞き返しました。

「えっ?精神科?」

今まで一度も考えたことのない分野でした。

看護師になってからずっと、

一般病院で働くものだと思っていました。

精神科は、

自分とは無縁だと思っていたんです。

しかし、その一言が

私の人生を変えました。


妻が教えてくれた「精神科」という世界

実は、

妻が復職した病院は精神科でした。

さらに、

妻のおばあちゃんも昔、精神科看護師だったそうです。

だから妻にとって、

精神科は特別な場所ではありませんでした。

「男性看護師も多いよ。」

「男性だから必要とされる場面もたくさんある。」

「子育てしながら働いている人も多いよ。」

そんな話を聞くうちに、

私の中で少しずつ精神科のイメージが変わっていきました。


男性看護師として、この先も働き続けるために

この頃の私は、

もう一つ考えていたことがあります。

それは、

自分が40代、50代になった時のことでした。

これまで働いてきた一般病院では、

男性看護師はいつも少数でした。

女性スタッフの中に一人。

患者さんからケアを断られることもありました。

肩身の狭さを感じることもありました。

若い頃は、

それでも頑張れました。

でも、

この先もずっと同じ環境で働き続ける自分が、

どうしても想像できなかったのです。

そんな時に知った、

「精神科は男性看護師が多い。」

という事実。

しかも、

男性看護師が必要とされている。

その言葉は、

私にとって、とても大きな意味がありました。

「必要としてもらえる場所がある。」

そう思えたことが、

何より嬉しかったんです。

トラパパ
トラパパ

「男性看護師だからこそ活躍できる場所がある。

初めてそう思えました。」


精神科という、新しい選択肢

精神科看護や転職情報を調べ、自分に合う働き方を真剣に考える男性看護師トラパパ。精神科転職を決意する前の実体験イメージ。

もちろん、

不安はありました。

精神科は怖い。

患者さんに受け入れてもらえるだろうか。

暴力は?

精神科の薬は?

精神保健福祉法は?

学生時代から苦手だった分野です。

看護技術も落ちてしまうかもしれない。

考えれば考えるほど、

不安はたくさんありました。

でも、

それ以上に大きくなっていた気持ちがあります。

「家族を守れる働き方をしたい。」

その思いでした。

私は決めました。

一度、

精神科という世界を見てみよう。

それが、

私にとって六回目の人生の分岐点になりました。

家族との時間を守るため回復期病院を離れ、精神科への転職という新しい一歩を踏み出す男性看護師トラパパ。働き方を変えて人生を変える決意を描いたイメージ。

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前編まとめ

回復期病院で過ごした時間は、

私に看護師としても、人としても、大きな成長を与えてくれました。

しかし同時に、

主任という責任、

家庭との両立、

そして円形脱毛症になるほどのストレスを経験し、

私は初めて

「働き方そのものを見直そう」

と考えるようになります。

そんな時、

妻から勧められた「精神科」という新しい選択肢。

最初は不安しかありませんでした。

それでも私は、

家族のために、

そして自分らしく働き続けるために、

未知の世界へ飛び込む決意をしました。

トラパパ
トラパパ

「あの時、勇気を出して一歩踏み出したからこそ、

今の私があります。」

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次回予告

精神科なんて、自分には向いていない。

そう思っていた私が、

実際に働いてみると、そこには想像とはまったく違う世界が広がっていました。

男性看護師が活躍できる理由。

精神科ならではの看護。

そして、忘れられない一人の患者さんとの出会い。

しかし、その穏やかな日々は突然終わりを迎えます。

病院崩壊――。

半年後、誰も予想できなかった出来事が、私たちを待っていました。

第6話 後編へ続く。

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