「明日から経営者が変わります」──その一言で、夢の職場は崩壊した
こんにちは!「トラパパ@サバイバルナース」です!🐾

こんにちは!今日は人生で一番衝撃を受けた出来事をお話しします。
これまでの物語では、5回目の転職で出会った精神科病院が、私にとって「ようやく見つけた理想の職場」になったことをお話ししました。
残業はほとんどなく、人間関係も良い。
男性看護師も多く、子育て世代にも理解がある。
私は本気で、
「この病院なら定年まで働ける。」
そう思っていました。
しかし、その幸せは突然終わりを迎えます。
今回は、私の人生で最も衝撃的だった出来事。
「病院の経営者変更」と、その後に起きた病院崩壊についてお話しします。
もし今あなたが、
- 「今の病院は大丈夫なのかな?」
- 「安定していると思って働いている」
そう思っているなら、この話は決して他人事ではありません。
前回記事はこちら
前回までのあらすじ
私は5回目の転職で精神科病院へ入職しました。
精神科看護の面白さ。
男性看護師が活躍できる環境。
子育てしやすい勤務体制。
本当に毎日が充実していました。
「やっと、自分に合う職場が見つかった。」
そう思えた病院でした。
しかし、その幸せは突然終わります。
「本日、全職員参加で会議を行います。」
ある日のことでした。
院内放送で全職員へ連絡が入りました。
「本日、全職員参加で会議を行います。」
「何の話だろう?」
そんな軽い気持ちで会議室へ向かいました。
そこには医師、看護師、事務職、リハビリスタッフなど、多くの職員が集まっていました。
誰も緊張した様子はありません。
もちろん私も、
この数分後、自分の人生が大きく変わるとは夢にも思っていませんでした。
「明日から経営者が変わります。」
会議が始まり、最初に告げられた言葉。
「明日から、この病院の経営者が変わります。」
……え?
会議室が静まり返りました。
私は正直、
何を言われたのか理解できませんでした。
病院で働いていて、
「経営者が変わる」
そんな経験をしたことがなかったからです。
周りを見渡しても、みんな同じ表情でした。
「どういうこと?」
「病院って急に経営者が変わるものなの?」
誰一人として状況を理解できていませんでした。
その日は説明を聞いても、現実味がありませんでした。
私は、
「まあ、病院はそのままあるんだし、大丈夫なのかな。」
そんなふうに考えていたのを覚えています。
少しずつ広がる違和感

しかし、会議が終わると病院中がざわつき始めました。
職員同士で、
「新しい経営者ってどんなグループなんだろう。」
「評判は?」
「給料は変わるの?」
そんな会話ばかりになりました。
私も家に帰ってから、新しい経営者について調べました。
すると、ネット上にはいろいろな情報が出てきます。
もちろん、それが本当なのかは分かりません。
でも、人は不安になると悪い情報ばかり目についてしまいます。
最初は何とも思っていなかった私も、
少しずつ胸の奥に小さな不安が生まれていきました。
優しかった先生たちが、一人、また一人といなくなっていく

それから間もなくして、
信じられないことが起こり始めます。
まず退職したのは、
病院を支えていた管理職の方々でした。
看護部長。
病棟師長。
主任。
経験豊富な人たちが次々に退職していきました。
「えっ…あの人まで?」
そんな毎日でした。
そして、それ以上にショックだった出来事があります。
精神科医の先生方が、次々と辞めていったことです。
精神科へ転職したばかりだった私は、
先生方に本当に良くしていただきました。
「仕事、慣れてきた?」
「困ったことはない?」
忙しい中でも、いつも優しく声を掛けてくださる先生ばかりでした。
分からないことがあれば丁寧に教えてくださり、
私は精神科看護の面白さを少しずつ学んでいました。
だからこそ、
先生方が退職すると聞くたびに、
胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになりました。

「先生達からもっと精神科を学びたかった…。」
その思いは、今でも忘れられません。
同期との別れ
さらに悲しかったのは、
一緒に入職した同期も退職してしまったことでした。
同じタイミングで入職し、
夜勤を始める時期もほとんど一緒。
分からないことを相談し合いながら、
「一緒に頑張ろう。」
そう励まし合ってきた仲間でした。
その同期が辞めると聞いた時、
私は強い寂しさを感じました。
職場に行くたびに、
知っている顔が一人ずついなくなる。
まるで、
自分の居場所が少しずつ消えていくような感覚でした。
精神科医がいない精神科病院

先生方が退職していくたびに、
病院の空気は目に見えて変わっていきました。
そして、ある頃から異変はさらに大きくなります。
精神科病院なのに、精神科医がいない日がある。
以前では考えられない状況でした。
夜間は精神科医ではなく、当直のアルバイト医師だけ。
もちろん、その先生方も一生懸命診療してくださいました。
ですが、精神科特有の急変や対応には限界があります。
夜勤に入るたびに、私は心の中で祈るようになりました。

「どうか何も起きませんように。」
看護師になってから何度も夜勤を経験してきました。
でも、こんな気持ちで働いたのは初めてでした。
医師が十分にいない。
それだけで、病棟全体に大きな緊張感が漂っていました。
病院が少しずつ壊れていく
医師だけではありません。
スタッフもどんどん減っていきました。
病棟は閉鎖。
患者さんは他院へ転院。
退院できる方は退院。
毎週のように、
病院から人がいなくなっていく。
以前は活気があった病棟が、
少しずつ静かになっていく姿を見るのは、本当に寂しいものでした。
当然、現場の業務も今まで通りにはいきません。
人が減れば、一人ひとりの負担は増えます。
以前なら丁寧にできていたケアも、
時間との戦いになりました。
患者さんに我慢していただく場面も増えました。
本当はもっと話を聞きたい。
もっと関わりたい。
もっと寄り添いたい。
でも、それができない。
必要最小限のことしかできない毎日でした。
私は看護師として、
そんな自分が悔しかったのを覚えています。
コロナクラスターで見た極限の現場

そんな状況の中、
さらに追い打ちをかける出来事が起こります。
病棟内で新型コロナウイルスのクラスターが発生しました。
感染したスタッフ。
自宅待機になるスタッフ。
もともと少なかった人員は、さらに減っていきます。
ある日の日勤。
病棟にいた看護師は、
私一人。
補助者さんが数名いてくださったので、本当に助けられました。
それでも、
看護師は私だけ。
点滴。
処置。
医師への報告。
家族対応。
病棟全体を見ながら、一つひとつ対応していきました。
事故が起きなかったのは、本当に運が良かったと思います。
あの日は一日中、
心臓がバクバクしていました。

「今日は絶対に何も起きないでくれ。」
それだけを願いながら働いていました。
それでも辞められなかった理由
病院は日に日に変わっていきました。
でも、
私はすぐには辞められませんでした。
理由は一つ。
妻のお腹には、三男がいたからです。
これから出産。
育児。
生活費。
住宅ローン。
家族を支える責任がありました。
勢いだけで退職するわけにはいきません。
だから私は、
まず父親としてやるべきことを優先しました。
男性育休を取得すること。
それが今の私にできる最優先事項でした。
「育休は権利だから、気にしなくていいよ」
正直に言うと、
育休を申し出る時は少し緊張していました。
でも、
直属の男性師長は笑顔で言ってくれました。
「育休は権利だから、気にしなくていいよ。」
その一言で、
肩の力が一気に抜けました。
こんな状況でも、
支えてくれる上司がいました。
だから私は、
安心して育休に入ることができました。

「子どもとの時間を大切にしよう。」
「育休が終わる頃には…」

育休中は、
生まれたばかりの三男。
そして妻と、二人の息子たち。
家族と過ごす時間は、
忙しかったけれど、とても幸せでした。
その一方で、
病院のことが頭から離れる日はありませんでした。
「少しは落ち着いているかな。」
「先生は戻ってきたかな。」
「病院も以前のような雰囲気に戻っているといいな。」
そんな期待を胸に抱いていました。
私はまだ、
心のどこかで信じていたのです。
「きっと良くなる。」
そう信じて、
私は育休を終え、再び病院へ戻ることになります。
しかし、
そこで待っていたのは、
私の想像をはるかに超える現実でした。
▶︎第7話 後編へ続く
育休明けの私を待っていたのは、
病院の再建ではありませんでした。
待っていたのは、
家族の未来を左右する、ある現実。
そして私は、
人生で6回目となる転職を決意します。
どうぞ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
「職場環境が急に変わってしまった」
「このまま今の病院で働き続けて大丈夫なのかな…」
そんな不安を感じている方は、一人で抱え込まないでください。
私自身、転職サイトを活用したことで病院の内情を知り、次の職場選びで大きく失敗するリスクを減らすことができました。
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